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「ハンガリーの中欧大学が存続の危機」
 2017年4月にハンガリーのオルバーン政府はブダペストの中欧大学閉鎖を意図する『大学法修正法案』を国会で強硬的に通過させ、 その実施を図ろうとしています。これに対してオルバーン政府に反対する学生など若い世代を中心にデモが広がっています。 詳細と解説、そして背景を、ブダペスト在住の盛田常夫氏が明らかにします。
[2017.4.27] 

ハンガリー大学法改正について

  • LEX CEUはソロスにたいするオルバン首相の意趣返し

                              盛田 常夫

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経 緯
ハンガリー政府は3月28日に高等教育に関する法案改正を提案し、国会は4月4日に可決した。 これはハンガリー国内に設立された外国大学の規制を行うもので、その主たる狙いは、ソロス財団が設立して、 すでに25年にわたってハンガリーで教育研究業務を行っているCentral European University(CEU、中欧大学)を狙い撃ちにしたものである。 ハンガリーの文科省は、 「特定の大学を念頭においたものではなく、ハンガリー国内に設置されたすべての外国大学が充足すべき条件を明確したもの」 と強調している。 しかし、オルバン首相は、法案採決に先立ち、ラジオ番組でこの法案について語り、 「いかにソロスが大金持ちであろうと、ハンガリーの法律に従わなければならない」 と、ソロスへの敵対心を表明して自らの意図がどこにあるかを吐露している。
新しい高等教育法は、国外の高等教育機関がハンガリー国内で教育機関を設立する場合、その前提として、 「1.当該国政府とハンガリー政府との間で協定を締結すること、 2.当該教育機関が当該国で実際に高等教育を行っており、当該政府によって高等教育機関であると認定されていること、 3.当該教育機関がハンガリー国内で授与する学位が当該国の政府によって認定されていること、 4.当該教育機関が当該政府によって教育機関として認定されていること」の条件を満たすことを定めた。
ハンガリーに設立されたCEUはニューヨーク州教育局の認定と登録にもとづく教育プログラムを実施する大学院大学であり、 MAとPhDの学位を授与している。 アメリカにキャンパスをもつ教育機関ではなく、 ニューヨーク州のライセンスにもとづいて教育プログラムを実施している教育機関である。 したがって、今般、ハンガリー政府が定めた高等教育法の主要条件を満たしていない。 ここから、この法案改正はCEUの消滅を目的とするものだとして、支持政党にかかわらず、 多くの知識人や学生が政府の法案改正強行に抗議することになった。ハンガリー科学アカデミー総裁もまた、 法改正に反対を表明している。
先週末の抗議デモには、野党の政治家や活動家が便乗して参加し、デモは数万人に膨れ上がった。
「アーデル大統領は法案に署名せずに、憲法裁判所の判断を仰ぐべき」というCEU学長の要請にもかかわらず、 大統領は法案に署名してしまった。大統領に再選されたばかりのアーデル大統領がオルバン首相に反旗を翻すことは考えづらく、 今回の無条件署名はオルバン首相から二期目の職務を与えられたことへの謝意だとみなされても仕方がない。 ただ、署名後の談話の中で、「当事者が誠意を持って話し合い、相互の意見の違いを詰めるように要請」した。 この点は、オルバン首相の強硬姿勢とはやや異なる。政府部内でも、ハンガリーの国際的評判が落ちることを心配し、 欧州委員会の調査を受ける羽目になるような強硬姿勢はマイナスだと考える者もおり、 政権与党内部が完全に足並みを揃えているわけではない。 他方、すべての野党は特定の教育機関を狙った政府の法改正を非難しており、憲法裁判所への提訴を検討している。

なぜ今、LEX CEUなのか
2016年夏から急増したシリアからの難民や、世界各地から欧州に押し寄せる不法移民への対処をめぐって、 難民・不法移民を積極的に助けるソロス(Open Society Foundation、オープン・ソサイアティ財団) とハンガリー首相オルバンとの間で、激しいやりとりが交わされた。ソロス財団は欧州各国に支部をもっており、 このネットワークを利用して、難民・移民の流入を手助けするグループを支援してきた。
このため、昨年来、オルバン首相はオープン・ソサイアティ財団の活動を規制する方策を検討し始め、 民間の市民団体で国外の機関から金銭的な支援を受けるものについて、法的規制をかけることを模索してきた。 現在、その具体的な内容について、政府部内で検討が進められており、 一定金額以上の国外支援を受ける団体の金銭的透明化、高額支援金を受ける団体役員の資産公表を軸に、 法案の内容が練られている。
この市民団体への規制と並行して、ソロス財団が設立し、現在も多額の金銭的寄付を行っているCEUが、規制の対象になったのである。 いつの時点からCEUへの規制が検討されたか分からないが、最近になって急に、高等教育機関の法改正が浮上し、 国会の議論がほとんどなされないままに可決されてしまった。
そもそも、一つの私立大学の学位や単位を他の大学が認定するか否かは、 それぞれの関係する大学が決めることであって、国家が決める性格のものではない。 「学位認定に関して国家協定が必要」だと考えるのは、あまりに国家主義的な発想である。 アメリカのように多様な大学が存立している社会では、 教育ライセンスにもとづく教育機関設立は法律違反でも何でもない。 「当該国の本部キャンパスの存在」を絶対条件にするのも時代遅れである。 だから、無理な条件を法律で制定するのは、最初からCEUを狙い撃ちにした法改正だとみられても仕方がない。
いずれにしても、ハンガリー政府の法改正はオルバン首相の指示によるものであり、 難民・移民問題でハンガリー政府の方針を真っ向から批判しているソロスにたいする意趣返しであることは明らかである。

CEUの現在
CEU設立の歴史は後に触れるとして、現在、ハンガリーの高等教育機関の中で、 CEUの教育・研究水準は国際的に一番高く評価されている。 世界大学ランキングで、CEUは300〜350位の中に入っており、人文科学だけで見ると、100位以内にランクされている。 ソロスの当初の目的がどうであれ、この25年の間に、大学は自立してカリキュラムを確立し、 国際的な名声を獲得してきた。国際的に著名な学者を招聘し、 高いレベルの教育をおこなっていることで知られている。中・東欧には類似の機関がないので、 世界各地から多くの中・東欧研究者が短期・長期にこの大学で研究生活を送っている。
LEX CEUが国会承認された後、CEUに直接・間接にかかわってきた国際的に著名な学者・研究者がハンガリー政府へ懸念を表明している。 欧州委員会の教育・文化担当委員になっているナヴラチッチ委員(政権政党のFIDESZ出身)は、 CEU存続のために、CEUの不規則な部分が改訂されれば、CEUを混乱なく存続させるべきだと主張しており、 ハンガリー政府との立場の違いを明確にしている。 これにたいして、ハンガリー文科省次官が法案成立後に欧州委員会を訪問し、 「法案改正はCEUを廃校にすることが目的でない」と説明している。 また、国内向けには、「CEUがハンガリーを去ることを望んでいない」とも表明している。

CEU設立の経緯
CEU設立の構想は、体制転換に前後して生まれた。 ソロスは1986年より、ドヴロブニクで夏の大学を開催しており、中・東欧各国の若い研究者や活動家が参加していた。 筆者自身も、ハンガリーの友人に依頼されて、1990年春に一度だけ、夏期大学セミナーで講演したことがある。 ソロスは、ハンガリーに誕生する新政権への経済政策を提言する「ブルーリボン委員会」(1989-1990年) にも参加しており、そこでも何度か顔を合わせたことがある。 ただし、この委員会はアメリカの財団や大学、野村総研などのファンディングによって支えられており、 ソロス自身が資金を提供したわけではない。
ソロスは中・東欧の知識人や政治家との繋がりを構築するなか、中・東欧に大学を設立することを構想した。 ソロスの「開かれた社会(open society)」哲学を広めるためである。 当時、プラハ、ブラチスラヴァ、クラコフ、ブダペストが候補に挙がったが、 1990年になって、スロヴァキア政府が国会に予定されていたドナウ河沿いの建物をCEUに提供する方向で 話がまとまった。ところが、交渉当事者だったシュスター(大統領、市長、カナダ大使などを歴任)が失脚し、 ナショナリストが勢いを増し、チェコとスロヴァキアの分離独立の運動が始まって、 予定されていた建物の提供を受けることができなくなった。ソロス自身はその建物に拘っていたわけではないが、 スロヴァキア側が人文科学ではなく、自然科学・理工系の大学を所望したこともあって、 ソロスはブラチスラヴァでの開設を諦めた。
この時になって、Charta 77の議長を務めていたパヤス(Petr Jan Pajas) とドヴロブニク夏期大学のチェコ人参加者がソロスにプラハ開設を提案し、建物の提供を約束した結果、 1991年春にプラハでCEUが開設された。他方で、ハンガリー政府とも交渉を続け、 現在の大学本部の建物をCEUブダペストとして、1992年秋に開校することになったが、 CEUの本部機能はプラハに置かれた。
ところが、1992年にチェコ首相に任命され、スロヴァキアとの分離独立交渉を担ったクラウス(Vaclav Klaus) は、1993年に入って、CEUへの補助金がチェコの大学予算を抑圧しているとして、 補助金を4分の1に減額してしまった。さらに、格安で提供されていた大学建物にたいして、 年額100万ドルの賃料を請求する段になって、ソロスはプラハから撤退し、本部機能をブダペストに移すことを決めた。 ソロスはクラウスの仕打ちを「約束違反の裏切り」だと考えており、以後、 クラウスとソロスは敵対的な関係になった。 クラウスが今次のオルバン首相の決断に、即座に賛意を表明したのは、こうした経緯があるからである。
クラウスのこの決断は、数年を経て、ソロスの仕返しを受けた。 1997年5月のチェコ通貨コルナに対する通貨投機が勃発し、コルナの名目平価は20%下落し、 さらに年末まで平価は下がり続けた。 同時に、クラウスを含めた政権与党の政治家がスイスの隠し口座に政治献金を保有していたことが発覚して、 クラウスは首相を辞任せざるをえなかった。チェコ通貨に対する投機は、 ソロスが仕掛けた意趣返しだと考えて間違いないだろう。
こういう紆余曲折を経て現在に至ったCEUだが、ブダペストに移転されたCEUは21世紀に入り、 次第に教育・研究機関としての名声を得て、中・東欧でもっとも知られた大学に成長した。 ソロスの財団であるOpen Society Foundationから補助金を得ているとは言え、 教育研究機関であるCEUはソロスの指示で機能しているわけではない。 イデオロギー的なプロパガンダや政治的意見表明を行っているわけでもない。 ソロスが直接に指示できる財団とは違い、大学は独自の機能と役割をもって運営されている。
しかし、ソロスは今般、難民・移民問題で対立する、 政敵のナショナリストであるハンガリー首相オルバンから、CEU存続にかかわる法律制定によって、 意趣返しを受けることになった。 他方、オルバン首相もCEUを狙った政治的行動が国際的な批判を受ける羽目になっただけでなく、 政権を支持する知識人からも、「あまりに強引で、やり過ぎ」という批判を受けている。 赤裸々な政治的意図が明らかになるにつれ、若い世代がオルバン流の政治に疑問を持ち始め、 この事件が政権政党(FIDESZ)離れの契機になることも考えられる。野党はその機会を狙っていることは確かである。
高齢者や地方住民の支持を固め、有権者の絶対数で3割の支持を維持している現政権が簡単に倒れるとは思わないが、 「奢れる者、久しからず」である。何ごとも自分の思い通りになると考える傲慢が、足許を崩していくことになる。
「ブリュッセルを止めよう。国民対話 2017」と題した政府のキャンペーン
「ブリュッセルを止めよう。国民対話 2017」と題した政府のキャンペーン

今後の推移
欧州委員会はハンガリーの改定高等教育法の改定について、4月末までにその正当性を判断することを表明した。 EUの価値基準に照らして、今回の法改定がそれに適合するか否かの判断を下すという。 その判断にハンガリー政府が不満であれば、欧州司法裁判所へ持ち込まれることになる。
他方、ハンガリーは難民の処遇にかんする法改正で欧州委員会と対立しているだけでなく、 ガス・電気料金の政府による強制割引指示 (毎月の請求書には「政府の政策によって貴方はこれだけの金額を割り引かれました」 という文言と数字が記載されている)や、「国民対話」と称する全家庭へのアンケート送付などが、 政権政党による政治プロパガンダに当たるのではないかという調査を受けている。今回のLEX CEUも調査対象となり、 これに対応する政府の負担がかなり重くなる。 したがって、ハンガリー政府はこの問題を無駄に長引かせることなく、 短期に収拾することも視野に入れなければならない。
オルバン首相は、国内向けの演説では、「政府が主権行使にもとづいて行っている施策をブリュッセルが妨害しようとしている。 ブリュッセルにハンガリー国民の将来を決める権利はない。 われわれはハンガリー国民の利益を守るために、強権的なブリュッセルの命令と戦っている」 とアジテーションを行っている。 しかし、実際問題として、「それほど欧州委員会との共同歩調を拒むなら、EUを出るべきだ」 という主張が強くなるのは困る。だから、ナショナリスティックな言動で国民の支持を固めながら、 他方でEU内に留まれるような妥協の方策を探っている。 こうしてややリスキーな二面作戦をとっているのが、オルバン政権である。
これまでの事例では、オルバン政権は自らの分が悪いとみるやいなや、 即座に妥協的な戦術に転換し、問題が先鋭化することを避けてきている。 今回のCEU問題でも、国際的な評判のみならず、国内の政権支持に影響することが明らかになれば、妥協に転じることが予想される。
国会では、すべての野党議員が共同署名し、LEX CEUを憲法裁判所に提訴することを決定した。 この手続きには50名の議員署名が必要になるが、 極右政党とみなされているJOBBIKが共同署名に加わることを決定したので、この手続きが開始されることになる。
[2017.4.27up]

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